
仕事ができる人の論理的に考え、書く技術
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余白も多く、漫画入りであっという間に読めそうですが、意外と読めない。
とても読みにくいんです・・・。何度もつっかえてしまいました。
本書にはこうあります。
論理的な文章は読みやすいものです。読みにくかったら論理的に書かれていることはありえません。
ということは、この本の文章が論理的でないか、私の頭が論理的でないかのどちらかではないだろうか・・・
なぜ、私にとってこの本が読みにくいのか考察してみたいと思います。
そもそも、論理的な文章とはどういうものなんでしょうか。
「論理的な文章」とは「AとBとのつながりかたに、理屈として説得力がある文章」を意味します。「論理的な文章」とは「理屈の述べ方に説得力がある文章」のことでもあります。
文章が論理的であるための3つの条件として、こう述べられていました。
1.結論
2.結論を支える理由
3.「だから」などの論理の標識
どれか一つでも欠けたら成立しないのです。結論がない文章、理由がない文章、それらをつなぐ「論理の標識」のない文章は論理的じゃないですよ、というのが本書の主題です。
この主題が本書の「結論」に当たり、それを支える「理由」をページたっぷり使って述べているわけです。
ということは、この本は論理的に構成されていそうです。私も主題についてはよく理解できました。
それでは何が読みにくいのでしょうか。
私が特に読みにくく感じた部分はこれです。
「私の気持ち」には「私の主張」を支える力はありません。したがって、気持ちで支えようとしても支えられないため、表現(文章や発言)は論理的にはなりえません。「私の主張」は私事ではないからです(主観的に述べてはいけないので、主張中に「私」が入ってはいけない)。
主張は、「私」とは関係がないので、「私の気持ち」で支えようとするのは間違いです。
論理的な文章における主張は、たのみごとではありません。だから、頼むときの流儀で述べようとするのは間違いなのです。
要するに、何か主張をするときには好き嫌いなどの「気持ち」を理由にするな、ということですね。
ひょっとして、論理的に説明しようとしすぎじゃないですか・・・?
「したがって〜からです」「だから」という「論理の標識」が多すぎること、カッコによる補足も多いこと、同じことを何度も言っていることによって、逆に読みにくくなっているのではないかと思います。
もっとシンプルに言うことができると思うんですけど。
さらに、「私の主張」と繰り返しておきながら、「主張は、私とは関係がない」と言っているのもモヤモヤします。この場合、「私の主張」ではなくて単に「主張」としたほうがわかりやすくないかなぁ。
と、こんな論の展開の仕方はまったく論理的ではありません。結論は疑問形にしてはいけないし、反論されないような書き方をするのもダメ。さんざん本書に書いてあったことです。著者の小野田氏に「なに読んでたんだ!」と怒られちゃいそうですね。
さて、最初の「論理的な文章は読みやすいものです」という主張に対する疑問に戻りましょう。だったらなぜ、読みにくいのかと。
私の答えは、「論理的な構成と、読みやすい文章は別である」です。
読みやすい文章は論理的に構成されていますが、論理的に構成された文章がすべて読みやすいとは限らない、というものです。
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こんばんは。
夏休み中の石川です。
>>要するに、何か主張をするときには好き嫌いなどの「気持ち」を理由にするな、ということですね。
→的確ですね。
本の文章の「したがって」
といった論理がいまいち理解
できませんでした。
また、
>>論理的な文章は読みやすいものです。
読みにくかったら論理的に書かれていることはありえません。
→これは
【論理的文章 (= 読みやすい文章】
(= は 「含む」の記号のつもり
を言っているんだと思います。
この本読んでないからわかりませんが、
数学家の端くれとしては
こんな感じかな。
私もどらさんに近いのですが、
「論理的文章」は「読みやすい文章」
に含まれない
だと思いました。
すなわち、
論理的文章で読みやすいものもあれば、
読みにくいものもある。
どらさんのいう
別=相関関係無し
と理解しました。
数学の論理学は
とてもじゃないけど読みづらい、
理解しづらいったらありゃしない
ですから・・・。
長文失礼しました。