6月に映画化が決まっているという小説『瞬』(またたき)を読みました。

実は河原れんさんのファンです。


瞬(またたき) (幻冬舎文庫)
瞬(またたき) (幻冬舎文庫)
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お花屋さんで働く泉美は、高校時代からの恋人・淳一のバイクの後ろに乗っているとき、事故に遭います。泉美のケガはすぐに治ったけれど、淳一は亡くなってしまう。泉美はそのときの記憶を失っていて、どうしても思い出すことができない。「最期の記憶」を取り戻すため、弁護士に事故の調査を依頼する・・・というあらすじ。

つらい現実と向きあおうとするときの恐怖・不安の表現がすぐれていて、読んでいると胸が苦しくなってしまいます。

河原さんは、苦しみながら書いたんだろうか・・・。

胸がつぶれるほどの不安や、体の底から突き上げるような恐怖を、文章でどう表現するか?
この本を読み終わって、そんなふうに考え始めました。

感情って言葉で言い表せないけど、言い表せないからこそ、少しでもぴったりくる表現を探るたのしみがあります。

でも、これまであまり「恐怖・不安」の表現を考えたことがありませんでした。

身の毛もよだつ恐怖
血が凍るような恐怖
全身が耳になったかのように、自分の鼓動が聞こえる
背筋に冷たいものが走った
血の気がひいていくのを感じた
鉛を飲み込んだかのように、お腹のあたりに重苦しさを感じる
心臓をつかまれたような恐怖
・・・

『感情表現辞典』をひらいてみました。

『感情表現辞典』とは、喜・怒・哀・怖など感情を表現する語句と、作家たちがどう使っているか、その表現を例文として載せている辞典です。

感情表現辞典
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たとえば、こんなふうに載っています。

「生温かく血まみれなぐにゃりとした恐怖」
その恐怖のかたちをあらわに眼で見るとなれば、生温かく血まみれな、ぐにゃりとしたものになるであろう。(堀田善衛『鬼無鬼島』)

「みぞおちを氷の棒が通るような心持ち」
水落のあたりをすっと氷の棒でも通るような心持ちがする(有島武郎『或る女』)

「底の知れぬ不安な感情が湧いて顔を曇らせる」
底の知れぬ不安の感情も湧いて、幾は当惑し、顔を曇らせていたが(田畑修一郎『鳥羽家の子供』)


なるほど。読みふけってしまう辞典です。

ちなみに、『瞬』では・・・

「背筋を通る不安という名のかたまりは私のまぶたに伝わり、幾筋も涙があふれた。」

「言いようもない恐怖が体中を巡り、胸が痛いほど張りつめた。」

「寒くもないのに、肌がみるみる粟立っていく。」

読みながら苦しくなったり震えたり。単に「恐ろしい」では、こうはいかない。

・・・と、恐怖・不安のことばかり挙げてしまったけれど、『瞬』は苦しみを乗り越える強さ、行動と再生が描かれています。

出雲で老婦の話を聞くシーンなんかもとてもよかったです。キラリとしています。映画も楽しみ。