アツシのおばあちゃんが亡くなって、お葬式に行ってきた。

数え100歳。
晩年は施設にいたこともあり、私は一度もお会いすることがなかった。
だから思い出というものはないが、最愛のアツシに命をつないでくれたことを、ただただ感謝だ。

お坊さんが、いい声でお経をあげている。

ぼんやり聞いていると、自然に瞑想状態になりそうだ。

今朝は時間がなくて瞑想できなかったので、ちょうどいい。この時間を瞑想ってことにしよう。

数分のあいだ、丹田呼吸をこっそりしていたが、
葬式ついでに瞑想なんて間違ってるんじゃないか、と罪悪感が出てきた。

そうなると、集中できない。やっぱり瞑想するのはやめておこう。

とはいえ、お経を聞いているだけである。

あのお坊さんは普段なにしてるのかなとか、どうでもいい雑念が出てくるのだった。


『引き寄せの法則』などの翻訳で有名な佐野美代子さんの言葉を思い出す。

「お葬式のときとか、暇だから、こうやって気を練るの。」

両の手のひらを近づけたり離したりして、パンでもこねているような動き。

気功の練習(?)らしい。


そんなふうに動いていたら、さすがに目立つんじゃないのかなぁ。