ブックライターとして著者さんに取材するときは、
「これを伝えたいと思ったきっかけはあったのですか?」
「なぜ、これに気づいたのですか?」
「どんな事例がありますか?」
「わかりやすいエピソードはありますか?」

という質問を多くしています。
知識の部分は著者さんがどんどん話してくれるんです。

もちろん、ノウハウ、知識がすごいから書籍化するのですが、読み手はそれだけでは満足しないのですよね。

なにより、その著者のことを好きにならない。
「参考になった」「勉強になった」とは言うかもしれないけど。

読者が、著者のファンになってくれるのを目指したいから、著者の体温のようなものを感じられる本にしたいと思っています。

そのためには、
想いやエピソードが重要なんです。

kindle本のレビューを見ていても、
著者の想いやエピソードが詰まった本に対してはいい評価がつきやすいと感じます。
「人間」が感じられると、嫌いにはなれないものです。

また、別の言い方をすれば、
わかりやすく伝えるためには「具体と抽象」が必要です。

「相手の立場に立つとは、実際に自分から抜け出て、相手の体の中に入るイメージを持つことです。これができると本当に関係性が変わります」
と言いたいとして、これだけでは抽象的です。
わかるようでわかりません。

そこで、エピソードを加えます。

「違う。そんなんじゃない。それで相手の立場に立ってるつもり?
本当に自分から抜け出て、相手の身体に入らない限り、立場に立ってることにならない」
あるセミナーで講師の方にこう言われました。自分から抜け出ないといけない、、これは言うは易し行うは難しです。
帰り道に早速試す機会が訪れました。

電車の中で、隣に座ったのは目が見えないおじいさんでした。
ずっとイライラしているようで、大きな声でブツブツなにか言っていました。

わ、ちょっと怖いな、関わりたくないなと思いました。
周りの人たちもそう思っているようで、おじいさんを避けるようにしていました。

私は、そうだ、このおじいさんの立場に立ってみよう、と思いました。
目を閉じて自分から抜け出し、隣のおじいさんの中に入りました。

すると、とても不安な気持ちになりました。
車内がうるさくて、かつ、放送が鮮明でなく、次は何の駅なのか、今乗っている電車はどこに行くのか、よく聞き取れないからです。
目が見えないので、確認することができません。

なんで誰も自分に気を使ってくれないのか!というイライラした気持ちが出てきました。

駅に着きました。
その電車は、その駅止まりだったのでした。

私はおじいさんが降りるのを見届けながら、別のドアから降りました。

そして、ホームの反対側に立って電車を待っていると、なんとさきほどのおじいさんが私の横に来るではありませんか!

「あなだだね。さっきはありがとう」

そう言ったのです!

私は本当に驚いてしまいました。
だって、ただおじいさんの立場に立つイメージをしただけです。何も話しかけていないし、おじいさんは目が見えないのです。

「横で心配してくれてたのがわかったよ」

私はこの経験で、本当に相手の立場に立つとはどういうことか、はじめてわかった気がしました。

言葉ではないのです。
気持ちがシンクロすることで、関係性が変わるのです。


・・・・・・と、長くなってしまいました。

ちなみに実話です!

さて、読者は、エピソードが心に残ります。
そして、「相手の立場に立つ」という話がわかりやすくなるのです。

逆も然りで、
エピソードから導き出せる、抽象化した概念があるから、理解しやすくなります。

つづく。


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